近年、左官職人の技術は国内外で見直されています。また、リフォームを自分でやってしまおうという気概のあるDIY女子も増え、左官技術を学びたい人も多いといいます。そんな世の中のニーズをいち早くキャッチし、業界でもめずらしい左官ショールームを実現したのが原田左官工業所。ショールーム見学とともに、社長の原田宗亮さんに女性や若手の左官職人さん育成のお話もうかがいました。(公開:2016年3月30日/更新:2021年10月22日)
※左官とは…建物の壁や床に、鏝(こて)を使い、土やセメントなどの素材を塗り仕上げるお仕事。左官の技術は装飾要素(仕上がりの美しさ)に加え、快適な住環境を整える(防寒・防熱・防火・調湿・アレルギー予防など)ためには不可欠です。
■原田左官工業所ショールーム「SAKAN LIBRARY」
開館時間:10:00〜17:00
住所:東京都文京区千駄木4-21-1 ハラダビル1F
TEL:03-3821-4969
実際に見てサンプルに触れる「左官の図書館」
ひと口に「左官」と言っても技術だけでなく、素材も表現方法もたくさんあります。カタログとともに、実際に目で見たり触れたりできるショールームは貴重な場所です。
「左官業界には自社技術展示のショールームはあるようですが、このようなライブラリーは今までありませんでした。業界関係者にだけでなく一般のお客様にも開かれた空間になっていると思います」(原田左官工業所・原田宗亮社長)
「SAKAN LIBRARY」では左官素材や表現方法のサンプルを常時100種類以上閲覧可能。小さなパネルに分けて展示されていたり、壁や床もサンプルになっています。それにその名の通り、左官関連の書籍や素材メーカーのカタログも充実。明るいライブラリーは一般客も入りやすく、商談や相談などにも最適です。特筆すべきは「サンプル製作室」が併設されているので例えば、ゆかりや使用済みのコーヒー豆を材料に混ぜ込んだりと、新たなアイデア素材を試作することもできるのです。
自分でやりたい人のための「DIY応援システム」
最近、大流行しているDIY。テレビ番組や書籍・雑誌でもDIYを取り上げることが増えてきました。自分で塗り壁を施工した方がリフォーム費用を抑えることができるそうです。でも、そう簡単には素人に壁は塗れません。「DIY応援システム」は現役職人さんとアドバイザーが全面バックアップ。いろんな相談にも乗ってくれるそうです。
「DIYのハードルが低くなり、プロが使うような道具もホームセンターに行けば購入できるようになりました。でも、左官の壁を塗るためのプロの道具を買っても使うのは1回きり。そんなに頻繁には使う物じゃないから道具がもったいないですよね。『材料販売・道具レンタル』や『塗り壁体験・相談会の実施』があるので、有料ですが道具の使い方や塗り方もお教えします」(原田社長)
家族で相談に来る人も増えている「DIY応援システム」。予約してから行きましょう。
「左官版モデリング」による若手職人育成制度
近年、左官職人の人口が極端に減っているといいます。図1のグラフを見ると分かるように、2010年の段階で一番多いのは60〜64歳の年齢層。高齢化が進む一方、若手はあまり入ってきてはおらず、このグラフ時点から6年後の現在はこのまま右方向へ移行していると考えられます。
「平均年齢60歳ぐらい…そんな現状です。最盛期には30万人いた左官職人は、今では5万人前後しかいないといわれています。5年なり10年なりで一番厚い層がいなくなる。何とか若い人たちを育てていこう、と考え、『左官版モデリング』という人材育成・訓練方法を実践しているんです」(原田社長)
「モデリング」とは、「一番上手い人の動きをモデルにし、完全にマネをすることで最短時間で技術を身につける」という訓練方法です。「左官版モデリング」では、現代の左官の第一人者である久住章(くすみあきら)氏の中塗りビデオをモデルにされています。
「ここで教えておぼえることは基礎中の基礎。左官技術の入口です。今まではそれもなかったんです。今まではみんな左官の入口に行き着くまでに迷っちゃう」(原田社長)
今まで左官業界では徒弟制度があり、師匠・先輩の作業を(いちいち言わなくても)「見ておぼえろ」と言われ、育成制度がうまく機能していなかったようです。他の業界でもよく聞くことですが、いろんな先輩に相談したり教えを請うと、先輩たちのアドバイスがまちまちで戸惑うことがありますよね。
「技術という『山』は同じでも、東側から登るか西側から登るか、やり方・考え方はバラバラ。それが迷いの原因です。それを分かりやすくしたんです」(原田社長)
何か迷った時にも「根本」を学び、立ち返ることができるのもこの訓練方法の利点です。
昔は職人というと、中卒で左官屋さんに入り、挨拶や掃除仕方などの雑務を教わりながらの修行をし、その合間に仕事を「見ておぼえる」時間と余裕があったといいます。
「今は高校・大学を卒業後に職人になりたいという人もいます。そういう人は社会人として挨拶もできるから、またイチから修行を始め、口では教えずに『見ておぼえろ』という育て方では時間がかかりすぎてしまう。それまでは学校で教わってきたのに急に現場に放り込まれて「自分で考えろ」と言われたら若手は迷いますよね」(原田社長)
この「左官版モデリング」制度は中長期で見ると若手育成の効率も良いようです。若手は早期に教えた方が伸びが早いうえに伸び率も高い。
「昔の見習いさんは半年ぐらいは何もできない人が多かった。『ここ掃除しろ』『これ運べ』と言われないと何をやっていいか分からないし、見てるだけ。でも、『モデリング』を見て、多少でも塗れるようになると、手順も理解するし、他の作業にも興味が湧いてどんどん手伝うことができるんです。そして、自分で考えるようになる」(原田社長)
スキルを活かせる女性職人サポート体制
時代に即した「若手が育つ・伸びる・辞めない」ための「左官版モデリング」制度の他にも、原田社長は女性職人が働き続けられるサポート体制を整えてきました。
「きっかけはある社員(女性職人)が出産後に会社に復帰したいとの要望があったんです。それまでは女性職人さんは結婚したら左官を辞めていました。毎朝6時集合の仕事ってなかなか両立は難しいんです。彼女としてはせっかく身につけた技術を活かし続けたい。会社としても仕事の流れを分かってる人が戻ってきてくれるのは助かる。だからこそ、女性職人さんの産休・育休を制度化しました」(原田社長)
妊娠中はどんどんお腹も大きくなり現場にはあまり出られなくなる。そういう期間は見本を作る作業をしてもらう。出産後の1年間は育休。復帰してからは軽作業から緩やかに現場に戻れるように配慮しているようです。
「こういうサポート体制が整うまで20年ほどかかりました。きっかけになった女性職人さんは今も働いてくれています。彼女の子どもの夏休み期間に、たまたま現場が家の近所だったので『子どもを連れてきてもいいですか?』って聞かれましたよ。子どもに『働いている姿を見せたい』ようです(笑)」(原田社長)
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そのうち、「お母さんの跡を継いで左官屋さんになりたい!」と言い出しそうですね。
若手育成と女性職人サポート体制は、より良いスパイラルを生み出している気がします。左官職人は伝統や技術を尊重しつつも、時代に合った新しいカタチで受け継がれていく。「ものづくり日本」は次なるステージに入っているようです。
挑戦させてもらいましたが、土が塗り台に付かないわ、土をボトボト落とすわ……不器用者には非常に難しいですが、すごく楽しい! なんなく塗っていく職人さんはやっぱりかっこいい!!
■原田左官工業所
住所:東京都文京区千駄木4-21-1 ハラダビル
TEL:03-3821-4969(代)
URL:https://www.haradasakan.co.jp
●文= 魚住陽向(フリー編集者、小説家)
●撮影=清水亮一(アーク・コミュニケーションズ)
●編集=大山勇一