こんにちは。「アークのブログ」編集部の魚住です。皆さんは、「ホスピタルアート」ってご存知ですか? 「病院などの施設内にアートを導入する」という取り組みです。英国にある小児病院にて、日本人のマンガ家・玖保キリコさんのホスピタルアートを見ることができます。また、横浜市鶴見区にある「おおやまこどもクリニック」が日本では初めて彼女のホスピタルアートを取り入れました。今回は、医療の現場で役割を果たし、人々の心の癒やしになるホスピタルアートのお話を聞きました。(公開:2024年11月27日)
マンガ家・玖保キリコさんと久しぶりの再会!
魚住が玖保キリコさんと出会ったのは40年以上前のこと。デザイン系専門学校の寮で、向かいの部屋に住んでいた友人がマンガ雑誌の賞に入り、マンガ家として同期デビューだった玖保キリコさんを紹介してくれたのです。その後、玖保キリコさんは英国に移住され、英国人と結婚し、その息子さんももう20代後半に。時の経つのは早いものです。
玖保キリコさんは海外の波にもまれてもバリバリ働いてる姿がかっこいいのです。「そのへんはなんとなく」とか「まぁだいたい、ざっくりで」とか曖昧表現と謙遜が多い魚住ですが(自己評価も低め)、お客様は神様状態の日本でゆるゆるに生活していると、契約社会の欧米での生活は精神的にも大変そうだなと想像してしまいます。
玖保キリコ(くぼ・きりこ)
マンガ家。東京出身。1996年渡英。英国人の夫、息子とともにロンドン在住。代表作に「シニカル・ヒステリー・アワー」(白泉社)「いまどきのこども 」「バケツでごはん」(小学館)「ヒメママ」(マガジンハウス)など。また、「キリコ・ロンドン」「中級キリコ・ロンドン」「ロンドン丼」(角川書店)などのエッセイもある。また、「シニカル・ヒステリー・アワー」、「いまどきのこども」の翻訳版がeブックで発売中。★2024年4月に新刊『くるまれてクリスチナ』(自由国民社)が発売!
公式サイト「玖保倉庫」→ https://kubokiri.com/
40年ぶりの再会でした。その際に玖保キリコさんから「ホスピタルアート」の話を聞いて、「興味深い! もっと知りたい!」となったのです。彼女が日本に帰国中に取材させてもらい、彼女のホスピタルアートを取り入れた「おおやまこどもクリニック」(詳細は記事後半にて)にも取材させていただきました。
実際に撮影させていただいた「おおやまこどもクリニック」のホスピタルアートもあわせてご覧ください。
病院の居心地を良くするアート
病院やクリニックといった医療施設内の壁、床、天井、扉、窓などに施されたイラスト、アートの数々。これらの「ホスピタルアート」が患者さんやその家族だけでなく、働いている医療従事者たちの心もほぐしてくれています。
「ホスピタルアート」とは、医療・福祉施設内で、イラストや絵画などの展示によって、施設内に色彩を運び、雰囲気を和らげ、明るく心地よい空間・環境にすることにより患者の精神的ケアを図るもの(音楽の場合もあるそうです)。「ヘルスケアアート」の場合は、病院内に限らず、介護施設や福祉施設といった広範囲な場面での活動。また、「アートセラピー」は「臨床の場で効果が認められた芸術療法」なのでホスピタルアートとは位置づけが少し異なります。
玖保キリコさんがホスピタルアートのお仕事をするようになったきっかけは、息子さんがまだ幼稚園児だった時のママ友(英国人)からの打診。玖保キリコさんが日本のマンガ家だと知って声をかけてきたのだと思います。その時に立ち消えになった話は数年後に本格的に始動します。
「英国の小児病院の患者は、3歳から18歳までが対象ですが、実はティーンエイジャー(13歳〜19歳)が50%以上を占めます。子ども病院をイメージすると「お花」や「うさぎ」とか可愛いイラストが思い浮かぶかもしれませんが、子ども達からすると「幼すぎてイヤ」という意見が多いんです。『それでは、マンガみたいなイラストはどうか』ということで私に声がかかったようです」(玖保キリコ)
「おもしろそうだったのでやってみることにしました。これはボランティアではありません。もちろん、お仕事なのでちゃんと報酬は出ます。私は病院側と直接やり取りするわけではなく、医療施設にアートを提供する『Art in Site』という会社からの発注を請けてイラストを描いています」(玖保キリコ)
確かに、ボランティアだと責任の所在がハッキリしなくなることもあります。活動を継続していくのも難しそうです。イラストの二次使用に関しても、彼女は細かい要望は提示しているとのこと。その都度の相談は重要です。
「エヴェリーナ・ロンドン小児病院(Evelina London Children’s Hospital)はフロアや病棟、院内クリニックにそれぞれ名前が付いているんです。例えば、G(Ground Floor/地上階はグラウンドと呼ぶ)は「OCEAN」。2Fは「Forest」、3Fは「Beach」とか。その時は、そのフロアのテーマに沿ってイラストを描きました。その病院でのホスピタルアートの目的は、イラストによって院内の案内をしたいので、その絵を描いてほしいという依頼でした」(玖保キリコ)
イラストなどによって案内表示するものを「ウェイ・ファインディング」と呼びます。サインや内装、家具の色などをエリアごとに統一したり、エリアごとに特徴的なアートワークを使用することで、利用者が現在地や目的地を認識しやすくする仕組みです。
それは、日本でのホスピタルアートと意味合いが少し違っています。英国内には、インド系やパキスタン系移民などの英語を使わない・読めない大人や子どもがたくさんいます。そういう人たちに向けての病院内での案内は、心の癒やしとはまた違った役割があるのです。
「例えば、病院内にある小さなエレベータにはダブルバギー(2人乗りベビーカー)は乗れません。それを『ダブルバギーが乗れるエレベータはこっちだよ』とか『このクリニックはこっちだよ』と一発でわかるサイン(イラスト)が必要。壁にバーンと案内のイラストがあると、英語がわからなくても迷わずに行けるのです」(玖保キリコ)
「ホスピタルアート」の大きな役割としては、「病院内で、子ども達を緊張させない、怖がらせない」ことも大切です。例えば、レントゲン室やMRIなどの大きな医療機器、血液採取といったちょっぴり痛い注射針。病院が好きな子どもなんてなかなかいないと思います。
「院内の手術病棟に行くエレベータの壁面が金属製で、とても冷たい雰囲気なんです。そのエレベータを子ども達はとても怖がっていました。そこで、ドアと内部にイラストを付けたら、その後あんまり怖がらなくなったのです。その話を看護師さんが教えてくれました。『すごく役に立った』って言われて、泣きそうになりましたね」(玖保キリコ)
「今までマンガを描いてきて『好き』とか『面白い』と言われることはあっても『役に立った』ってなかなか言われることないじゃないですか。だから、とても嬉しかったですね。ホスピタルアートによって、小さい子どもが怖がらないようにする、あまり構えないようにする、といった『自分たちの居る場所を居心地良くする』のは本当に大切なことだと思います」(玖保キリコ)
「おおやまこどもクリニック」と癒やしのアート
「おおやまこどもクリニック」は2023年9月、神奈川県横浜市鶴見区にオープンしました。
元々、大山伸雄(おおやまのぶお)先生は、家族とともにロンドンへ引っ越しして、エヴェリーナ・ロンドン小児病院に2年間勤めた経験があります。
▲画像は左右にスライドできます
「過去に、いろいろな病院に見学に行きましたが、海外の病院っておもしろいんです。日本の総合病院は殺風景な所が多いですが、ロンドンの小児病院はすごく可愛い。子ども病院というのもあり、アスレチック施設があったり、滑り台があったり、カフェがあって、建物自体の雰囲気も違う。だから、エヴェリーナ・ロンドン小児病院に勤めていた時も日常的にアートがあって『外国っぽいなー!』と思いながら過ごしてました」
▲画像は左右にスライドできます
「MRI検査室の前に大きなクジラのイラストが描かれているんですが、『日本と全然違うな〜』とは感じていましたね。でも、それが日常でしたから、日本に帰国する段階で、『毎日当たり前のように見ていたホスピタルアートを描いたのが日本人!』と知ってビックリしました(笑)」(おおやまこどもクリニック・大山院長)
▲画像は左右にスライドできます
大山先生は、日本帰国時にいろいろなアートを買って帰りたいと考えていたそうです。その際に、「病院で毎日見ていたイラストはどんな人が描いたのだろう」と調べていて、描いたのがマンガ家の玖保キリコさんと知ったというワケなのです。
「今まで全然知らずに見ていましたけど、『日本人がロンドンのど真ん中の病院でホスピタルアートを一人で描いているんだ!』と思ったらものすごく感動しました。『この人、すごいなー!』と驚くのと同時に、嬉しくなりましたね」(おおやまこどもクリニック・大山院長)
日本帰国後、しばらくは大学病院に勤めていた大山先生。でも、ずっと考えていたことがありました。
「自分のクリニックを始める時には絶対にアートを取り入れようと決めていたんです。玖保キリコさんのようなイラストを描いてくれる人を探そうと思ったんですが、まずはダメ元でご本人に交渉させてもらおうと、公式サイトからメールを送ってみたんです。そうしたら、快諾していただいて、これまた驚きました」(おおやまこどもクリニック・大山院長)
▲画像は左右にスライドできます
具体的にはクリニックの壁にどうやってホスピタルアートを施していくのでしょう。直接、ペインティングしてもらうにも玖保キリコさんはロンドン在住なので、なかなか難しいと思われます。
「メールでロンドンのディレクターに相談したところ、エヴェリーナ・ロンドン小児病院での描き方は、プロジェクターでイラストを壁に投影して、現地にいるアーティストがなぞるように描くらしいのです。その方法だとコストがかかるので、全体の建築費の予算を考えるとちょっと手が出なかった。『どうしてもコストを抑えたい』と相談したら、『シール状にして貼った方がコストを抑えられるのではないか』とロンドンのディレクターからも提案があったんです。それで、日本の職人さんとも相談して、貼ってみたらすごくキレイに仕上がりました」(おおやまこどもクリニック・大山院長)
「プロジェクターでイラストを壁に投影してアーティストがなぞるように描く」のは、マンガやイラストの作者ご本人か、ご本人の許可なくしてはできないことだと思います。ちゃんと契約が成り立っているから可能なホスピタルアートなのです。
誰でも簡単にできるわけではありません。ボランティア活動ではなく、ちゃんとした契約がある「お仕事」。それが持続可能な活動であり、プライドのあるアーティスト活動につながるのだと考えます。
「オープン当初からの患者さんたちはすごく喜んで『雰囲気がやわらかくなる』『アートが入っただけで温かい空間になる』と言ってくれています。実は僕自身がすごく癒やされていて、診療時間後は、よく待合室のベンチに座って、玖保キリコさんのホスピタルアートを眺めてます(笑)」(おおやまこどもクリニック・大山院長)
▲画像は左右にスライドできます
大山伸雄院長の奥様はこのクリニックの看護師さん。毎日、ご夫婦で子ども達に接しています。患者さんの中には、ホスピタルアートを指さして「これ、大山先生ですか?」と聞かれることもあるそうです。そういう見方もありそうですね。
エヴェリーナ・ロンドン小児病院でも、ホスピタルアートを見た子ども達が、イラストを指さし、「これは私」「あれは自分だ」という反応もあるそう。同様に、「これは○○さん?」と身近にいる人と重ね合わせて親近感を持つのもホスピタルアートの良い効果だと思います。
「うちのクリニックは縦に細長い空間で壁があるからホスピタルアートが実現できたところもあると思うんです。でも、こんなに壁やスペースがあるクリニックって少ないのではないでしょうか。日本でも小児病棟にホスピタルアートを取り入れて、患者を緊張させない・怖がらせない空間を増やした方がいいと思います。それほど、雰囲気や居心地の良さは大切なんです」(おおやまこどもクリニック・大山院長)
「おおやまこどもクリニック」にいるといつの間にか癒やされているように感じました。特別意識しなくても、自然とほっこりする空間なのです。玖保キリコさんのホスピタルアートのお陰、プラス大山ご夫妻のお人柄ではないかと思います。大山伸雄院長、そして、看護師である奥様。今回はご協力いただきまして、ありがとうございました。
■おおやまこどもクリニック
診療科目:小児科、内科
休診日:木曜、土曜午後、日曜祝日
住所:神奈川県横浜市鶴見区矢向6-7-15
TEL:045-583-0080
URL:https://oyamaclinic.jp/
アクセス:JR南武線矢向駅より徒歩約1分
* * * *
玖保キリコさんのマンガのファンは多く、「『シニカル・ヒステリー・アワー』読んでました!ギョギョームの話が好きです♡」「『バケツでごはん』『女社長』全巻持ってます」「姉妹で、大好きです」「いまどきのこども大好きでした!」という声をたくさん聞きました。
最新刊『くるまれてクリスチナ』
資生堂の企業文化誌『花椿』のウェブ版「ウェブ花椿」ハナツバキコミックにて、2022年4月から1年にわたって連載。2024年4月に単行本が自由国民社から発売! Amazon
玖保倉庫→ https://kubokiri.com/
やはり、アーク・コミュニケーションズにもファンがいました。すると偶然にも、それは書籍『地図でスッと頭に入るイギリス』の担当編集者のMさん! せっかくなので玖保キリコさんにその書籍をプレゼントしたら、読んでコメントをくださいました。
『「地図でスッと頭に入るイギリス」はロンドン在住の身としても面白かったですよ。ここに載っている知識を知っていると、ちょっと友達に話して「へへっ」と自慢できたり、「へぇー」なんて感心してもらえる小ネタ・大ネタでできている本だと感じました。これを持って、通常の旅行ガイドブックと合わせると最強ではないかと思います。その国をより知りたい人向きの本ですね』(玖保キリコ)
今回は、40年ぶりの再会というだけでなく、ホスピタルアートの取材もあって、玖保キリコさんには何度も会うことができて、とても楽しかったし、嬉しかった魚住です。ロンドンでの生活、日本との考え方のギャップのお話は興味深いです。
玖保キリコさんのパートナーさんも優しくて素敵な方で、魚住のしょーもない話(日本語)を「うんうん」と聞いてくれて感謝しかないのです。
そろそろロンドンに戻られてしまう玖保キリコさんですが、来年も何かクリエイティブな活動の報告を聞けたらいいなと、すでに2025年の再会に期待する魚住なのでした。
玖保キリコさん、今回はご協力いただき、本当にありがとうございました。
●文・iPhone撮影(一部)・編集・WordPress= 魚住陽向(編集者・小説家)
■アークの制作物■アーク・コミュニケーションズでは、以下のような昭文社発行「地図でスッと頭に入る」シリーズ(一部)の地図・知識教養本も制作しています。