2021年2月28日、興味深い絵画展が始まりました。その名も「電線絵画展」。風景画(そこ)の中に存在する(在る)電線たち。公共インフラの歴史の観点や失われた風景への郷愁など、観る人によって感じ方も様々あると思いますが、電線が大好きな魚住(編集者)はワクワクしながら観てきました。昭和ノスタルジーが大好きな人はぜひ観てほしいです!「景観とは何だろう?」ということまで考えさせられます。(公開:2021年3月9日/更新:2022年1月16日)
電線絵画展 −小林清親から山口晃まで−
会期:2021年2月28日(日)〜4月18日(日)
開館時間:10:00〜18:00(入館は17:30まで)
休館日:月曜日
会場:練馬区立美術館(東京都練馬区貫井1-36-16)
主催:練馬区立美術館(公益財団法人練馬区文化振興協会)
出品協力:東京国立近代美術館
※練馬区立美術館の「新型コロナウィルス感染予防対策について」、また、「新型コロナウイルス感染症に対する練馬区方針に基づく令和3年3月21日までの練馬区立美術館の施設利用について」をご覧いただき、ルールとマナーを守ったうえでご鑑賞ください。
電線と電信柱は黒船ペリーが持ち込んだ!
「電線」とは「昭和ノスタルジー」と感じるのは私の個人的な思い入れです。それは、昭和40年代・50年代の漫画に出てくる電柱だったり電線だったりしました。ギャグ漫画では電信柱に登ったり、犬にマーキングされたり。「布団がふっとん」で電線に引っかかったり、スズメがたくさんとまっていたり。漫画でも現実世界でも電線はあって当たり前のものでした。
そもそも電柱には架かっている電線によって呼び方があり、電気を送るための「電力柱」とインターネット・電話・ケーブルテレビなどの通信線が架かっている「電信柱」、そしてその両方がかかっている「共用柱」と、3種類あります(参考:「電柱のナゾ!?」)。
そうです。電線や電柱、電信柱とは公共インフラの一部なのです。
その電線や電信柱を日本に持ち込んだのが幕末に黒船でやって来たペリーなのです。嘉永7年(1854)、横浜で日本初の電信機を使った実験が行われました。その際、警備を命じられた松代藩藩士の樋畑翁輔(ひばた・おうすけ)が描いたスケッチが日本最古の電線・電信柱の図なのです。
「電線絵画展」を企画した練馬区立美術館の学芸員である加藤陽介さんにお話をうかがうと「このスケッチはたまたまこっそり描かれたもので、記録として今まで遺っていたというのもまた偶然のことなんです」とのこと。通信が実用化されて、こぞって電信柱が描かれるのはこの20年ほど後のことらしいので日本歴史上初めて電線を描いた人ですね。貴重な記録です。
近代化の誇り!電線は産業・文化遺産
「電線絵画展」は、日本画、油彩画、版画、現代美術作品など130点で構成されています。そして、道順は電線の歴史とともに進みます。
ペリーによってもたらされた後、明治2年(1869)に実用化された電信柱や電線は日本の風景の中に誇らしげに描かれていきます。一見ミスマッチと思える富士山の風景にも電信柱は登場し、まるで自然物のようにそこに「在り」ます。
日本の近代化が進むとともに電柱と電線が増え、都市の風景の中に路面電車のための架線が描かれます。電柱と電線は近代化の証し。
そして、自然災害と戦争によって破壊された風景、復興していく風景にも電線や電信線は必ず描かれていきます。
「電線の描かれた作品の展覧会をやりたいと思ったのは10年ほど前からです。急にはできません。そんな画集はもちろんあり得ないし(笑)。いろんな展覧会を見て、『あ、この人は電線を描いている』と見つけて、集めてきました」(練馬区立美術館・加藤陽介さん)
電柱・電線の美しさに魅せられた現代のアーティストたちの作品を観て、遺す・続いていくことを実感させてもらいました。また、電柱に電線を絶縁固定するための碍子(がいし)の展示もあり、その造形美にウットリ。今や、公共インフラが芸術と融合する時代になりました。
電線をどう観るか・どう感じるか?
私は電線とともに「マンホール」や「消火栓」「エアコンの室外機」などのある風景が大好きです。世の中には「信号機」「ガスタンク」「外蛇口」などなど不思議な物にときめく人もいます。一見、無機質な物質に温かみさえ感じます。不思議ですがとてつもない郷愁をおぼえます。
電線の写真を撮っていると「空の五線譜」に見えて、楽しくなってきます。電線にとまるスズメは四分音符…なんて考えるほど、電線は人を詩人にします。
しかし、そうは思わない人もたくさんいることを私たちは知っています。東京都が「東京の無電柱化」(電線類を地中に収容)を進めているからです。「無電柱化」賛成者の方が多いかもしれません。それにはメリット・デメリットがあり、いろんな意見もあるでしょう。
多分、今後はどんどん電柱も電線も減っていくと思います。とても寂しいです。その反面、「いつの間にか地中化して消えている電信柱」に気がつかない自分もいます。
今回の展示品の中に、葛飾北斎が描いた「凱風快晴」の赤富士に無数の電線を走らせた合成作品もありました。多分、この作品は電線を見苦しい物と感じ、「どうです?電線はなくなった方が景観が良くなりますよ」と訴えたかったのだと思います。ある意味、啓蒙作品ですね。でも、私はそれを観て「かえってポップでかっこいいな」と笑ってしまいました。
また、岸田劉生(きしだりゅうせい)の絵の中に、真ん中あたりを横に走る影だけで「電柱」を表した作品「道路と土手と塀(切通之写生)」があります。姿は見えないけれど、存在感があり、それは全てを語っているかのように感じました。
そして、同時代の二人の画家が描いた同じ場所の風景、一人は見たまま「電柱・電線を描き」、もう一人は「電柱・電線を描かなかった」。この二点の作品を並べて展示されていたことにも感銘を受けました。私たち一人一人の感じ方は自由です。制限も制約もされていない。
今後、消えていくかもしれない電柱や電線たち。近代化の象徴であるならば産業遺産かもしれませんが、郷愁と、とてつもない芸術性に溢れたこの風景を「文化遺産」として遺していってほしいと心より願っています。
■練馬区立美術館■
観覧料:一般1,000円、高校・大学生および65歳~74歳800円、中学生以下および75歳以上無料、障害者(一般)500円、障害者(高校・大学生)400円、ぐるっとパスご利用の方500円(年齢などによる割引の適用外になります)、練馬区文化振興協会友の会会員ご招待(同伴者1名まで)
URL:https://www.neribun.or.jp/museum.html
詳細→https://bit.ly/3kMOiYr
住所:東京都練馬区貫井1-36-16
アクセス:西武池袋線 中村橋駅より徒歩約3分