東京・北区にあるバンド・デシネ専門書店はフランスと日本のマンガ文化交流の場なのです!

こんにちは。編集者の魚住です。過去には女性マンガ誌編集部に在籍し、12名のマンガ家さんの担当編集の経験もあります。つい最近、マンガ家の友人からフランスの「バンド・デシネ」をアツく薦められました。聞いたことはありましたが全くの初心者です。調べてみたら歴史があり、日本と縁が深い芸術。そこで東京・北区にあるバンド・デシネ専門書店にうかがい、実際に本を手にして教わってきました。私もまだまだ勉強中です。一緒に「バンド・デシネ」に触れていきましょう!(公開:2022年10月26日/更新:2022年11月2日)

「バンド・デシネ」とは…フランス語で「bande dessinée」。「bande(バンド)=帯」「dessinée(デシネ)=描かれた」つまり、「描かれた帯」という意味で、四コママンガを横にしている状態をイメージしてください。「バンド・デシネ」「ベーデー」「ベデ」「BD」などいろいろな呼び方があります。ざっくり言うとフランスのマンガ「フレンチ・コミック」。
そもそもフランスには芸術の序列が付けられており、第1から第8まで順に記すと①建築②彫刻③絵画④音楽⑤文学(詩)⑥映画⑦演劇⑧メディア芸術。「バンド・デシネ」は9番目の芸術として1964年に位置づけられました。

バンド・デシネの魅力を発信する専門書店!

2022年10月上旬、東京・北区滝野川にあるバンド・デシネ専門書店「MAISON PETIT RENARD(メゾン・プティ・ルナール)」に行ってきました。きつね塚商店街にあることからフランス語で「こぎつねの家」という意味の店名にしたというこのお店(お店のMAPは記事末に)。

迎えてくれたのは店主のご夫妻、ティボー・デビエフさんと紫代(しより)さん。フランスのバンド・デシネと日本のマンガ文化の架け橋のようなお二人です。
「25年ほど前から日本に住み、翻訳の仕事に就きました。結婚したのは2004年です。来日当初から日本のマンガが好きでフランス語に訳しています。当時(25年前)はまだインターネットが普及していなかったこともありフランスの出版社はあまりマンガの情報を持っていなかったので、私が少し協力していました。今では出版社も情報を得ようと自ら動いているようです」(ティボーさん)

▲店主のティボー・デビエフさん(Thibaud DESBIEF)はフランス人翻訳家 ※ちなみに「デビエフ」が姓です

《ティボー・デビエフさんプロフィール》
1999年 フランス国立東洋言語文化研究所学士課程修了
2000年〜2001年 日本文部省国費留学生として慶應義塾大学で修学
2019年 第2回小西財団漫画翻訳賞 受賞
(浅野いにお『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』翻訳にて)
●主な翻訳
真島ヒロ 『FAIRY TAIL』『EDENS ZERO』
大場つぐみ&小畑健 『バクマン。』
浅野いにお 『おやすみプンプン』『ソラニン』『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』
浦沢直樹 『MONSTER』『MASTERキートン』『PLUTO』
松本大洋 『花男』『ナンバーファイブ 吾』『SUNNY』
大今良時 『不滅のあなたへ』など、ほか多数……。

日本のマンガが好きなのと同時に、フランスの「バンド・デシネ」の魅力を伝えたくて、インターネットで「バンド・デシネやアートブックを扱うオンラインショップ」を始めたお二人。
「いつかは実店舗の書店で、バンド・デシネを実際に手に取って、交流しながら魅力を伝えられたらいいなと思っていました。そして、ある日偶然にこのお店の物件を見つけたのです。それがたまたまフランス語によるインターナショナルスクールの近くというのが運命的でした」(紫代さん)

実店舗の「MAISON PETIT RENARD」を開店したのが2021年8月26日。日本で唯一のバンド・デシネ専門書店です。様々なメディアで紹介されたり、人気急上昇! 今夏、開店1周年を迎えました。

▲江戸川区出身で、下町育ちの親しみやすさと品の良さを合わせ持つ紫代(しより)さん。とても話しやすく、バンド・デシネについて何でも教えてくれます

「バンド・デシネ」と「マンガ」の違い

似て非なる芸術と娯楽。ここからはフランスの「バンド・デシネ」と日本の「マンガ」の違いはどこにあるのか紹介します。ただし、ここでいう日本のマンガとの違いは「絶対にそう」ではなく、「〜の方が圧倒的に多い」ということを念頭にご覧ください。

また、「メゾン・プティ・ルナール」のお二人に「初心者向け!おすすめバンド・デシネ作品/作家」を挙げてもらいました。バンド・デシネ作品を探す時の参考にしてください。

日本のマンガと比較しての《バンド・デシネ》
①A4判ほどの大判サイズが多いが、決まった判型がなく、サイズにばらつきがある。
②フルカラーがほとんど。2色刷もある。一見するとアートブックに見える。
③表紙はハードカバーが多い。
④48ページや64ページが多いが、大図鑑や大全集を思わせる分厚い500ページ作品もある。
⑤1冊2000円ぐらいから。
⑥作品は描き下ろしが多い。
⑦人気シリーズ物でも次の発売までには最低半年以上の時間が空く。
⑧主に分業制で「脚本家」「デシネター」「カラーリスト」に役割が分かれている(作品によっては一人で描く人もいる)。

 『ブラックサッド 黒猫探偵』
原題:BLACKSAD Quelque part entre les ombres
著者:フアンホ・ガルニド(Juanjo GUARNIDO)、フアン・ディアス・カナレス(Juan DIAZ CANALES)訳:大西愛子
■1950年代のニューヨークを舞台に、登場キャラクターが全員動物という斬新な設定のハード・ボイルドBDシリーズ。
※この商品はMAISON PETIT RENARD(メゾン・プティ・ルナール)でお取り扱いしております。

個人的見解ですが、マンガ制作の裏側を知るクリエイターから見て羨ましいのは⑦と⑧ですね。クオリティーの高い日本のマンガがリーズナブルな週刊誌で読めるということが奇跡的かつ驚異的であることは周知の事実。そのことでマンガ家たちの健康面、経済面などの負担になることが多いと思うのです。日本のマンガ家の多くは働き過ぎにならざるを得ない状況です。

上記⑧の「脚本家」はシナリオを書く人ですが、「マンガのコマ割りをし、セリフを入れるところまで書く」のは「バンド・デシネ」ならでは。日本のマンガ原作者はコマ割りまでやる人はほとんどいません。「デシネター」はマンガ家、作画家のこと。モノクロ原稿の段階まで仕上げます。アシスタントは存在しません。日本のマンガの影響で、細かくトリッキーなコマ割り構成が増えたようです。絵柄もそうですが演出力が求められるのはマンガと同じです。「カラーリスト」はデシネターが描いた原稿に色を塗る役割の人です。

 『最高の夏休み――針路を南へ!』第1巻
原題:Les beaux étés
著者:ジドルー(Zidrou)、ジョルディ・ラフェーブル(Jordi Lafevre)訳:原正人
■BD作家のピエール、妻のマド、そして4人の子供たち。ベルギーのブリュッセルに暮らすファルデロー一家は、毎年夏になるとマイカーに乗って旅行に出かけるのが恒例。みんなが1年で一番楽しみにしているイベントは夏のヴァカンス。だけど今年のヴァカンスはいつもとちょっと違う、切ないハプニングの連続だった。ノスタルジーたっぷりに送る、かけがえのないフランスの夏休み。
※この商品はMAISON PETIT RENARD(メゾン・プティ・ルナール)でお取り扱いしております。

「バンド・デシネの場合、3分野の役割の人がいつも決められたトリオの様に仕事をしているわけではないです。また、カラーリストを使わずに自分で色を塗る人もいるのでこの役割分担が全てではありません」(ティボーさん)

この全段階を一人でやるのが日本のマンガ家です。でも、プロダクションとして、またプロジェクトとして、複数人が組んでマンガを作っている人もいますね。

もちろん、制作の仕方はフランスと日本それぞれの良さもあるし、参考にすべきシステムもあります。フランスの「トキワ荘」のようなバンド・デシネ共同アトリエ「Atelier510」での仕事はなかなか理想的に思えるのですが。

 『Carbone & silicium』
著者:Mathieu Bablet(マチュー・バブレ)
■人気バンド・デシネ『Shangri-La(シャングリ-ラ)』のマチュー・バブレが描く美しい作品。2046年。トゥモロー財団の研究所から生まれた「Carbone(カルボン)」と「silicium(シリシュウム)」は人間の高齢化に対応した新世代のロボット。繭の中で育てられ、外の世界を知りたがっていた二人は、脱出を試みて離れ離れになってしまう。
※この商品はMAISON PETIT RENARD(メゾン・プティ・ルナール)でお取り扱いしております。

ところで、フランスの出版界では日本のマンガをフランスで出版する競争が激化しています。マンガ作品の権利関係の話をすると、日本のマンガ作品の出版権は著者個人(マンガ家)が持っています。アメリカの場合、「アメコミ」作品の権利は出版社が持っています。

では、フランスの場合はどうなのでしょう?
「フランスも日本と同じように作家個人が権利を持っています。だから、日本のマンガ家がフランスの出版社と契約を交わす方が慣れているから分かりやすいと思います」(ティボーさん)

影響し合う「バンド・デシネ」と「マンガ」

海外で大人気の日本のマンガ。フランスは日本に次ぐ世界第2位の漫画市場で、国から若者に交付されるカルチャーパス/文化補助金(約4万円)はほとんどマンガ購入に使われるほどの沸騰ぶり。

『フランスで「日本マンガの人気」再沸騰している訳〜若者向け文化補助金の使い道として圧倒的人気』

第21回Japan Expo(2022年7月14日〜16日/フランス・パリ)3年ぶりの開催とあって25万人を超える大盛況ぶり/『SPY×FAMILY』/フランスのコスプレ/『進撃の巨人』/パリのコスプレ撮影会/『ONE PIECE』(撮影:MAISON PETIT RENARD)※画像は左右にスライドします

毎年行われる「Japan Expo」は新型コロナの影響で延期されていましたが、今夏(2022年)久しぶりに開催され、大盛況だったようです(写真参照)。また最近では、フランスでは、つげ義春谷口ジローといった「ガロ」出身のマンガ家に注目が集まっています。日本人が一番知っている谷口ジロー作品は『孤独のグルメ』だろうし、「なぜ今、ガロなのだろう?」と個人的に素朴な疑問が…。

「フランス人って、興味を持ったり、好きになったらその分野を深く掘り下げて、歴史までも知りたいと考えるところがあるんですよ」(ティボーさん)
なるほど。フランス人と日本人、オタク気質なところは似ていますね。

第21回Japan Expo(2022年7月14日〜16日/フランス・パリ)フロアMAP/『鬼滅の刃』美しい西洋風な炭治郎!/『東京卍リベンジャーズ』日本人には出せない格好良さと迫力!/『薬屋のひとりごと』フランス題は「LES CARNETS DE L’APOTHICAIRE」(直訳すると「薬剤師のノート」)/コミックスも販売/『NARUTO -ナルト-』/『ドラゴンボール』亀仙人と紫代(しより)さん(撮影:MAISON PETIT RENARD)※画像は左右にスライドします

 『ワイン知らず、マンガ知らず』
原題: Les ignorants ; récit d’une initiation croisée
著者:Etienne Davodeau(エティエンヌ・ダヴォドー)訳:大西愛子
■自然派ワインの巨匠と社会派BD作家、異質な2人の交流と発見を描く実録マンガ。フランスでは累計27万部を売り上げ、およそ14言語で翻訳出版された話題作。ワインに無知なマンガ家の作者とマンガには縁遠いワイン醸造家という2人。マンガ家はワイン造りの現場を、ワイン醸造家は出版の現場を知ることにより感化を受け、世界を広げていく、ワイン造りの約1年を追ったドキュメンタリー。
※この商品はMAISON PETIT RENARD(メゾン・プティ・ルナール)でお取り扱いしております。

そんな日本のマンガ沸騰している近年のフランスですが、伝統ある「バンド・デシネ」の芸術性も深く、それに魅了され、多大なる影響を受けた日本のマンガ家も少なくありません。

《バンド・デシネに影響を受けた日本のマンガ家》(一部)※順不同/敬称略
大友克洋浦沢直樹松本大洋寺田克也江口寿史谷口ジロー

ここにはマンガ家だけを記しましたが、他にもアーティストやアニメーション作家など魅了され、何かしらの影響がその作品にも滲み出している人が多いようです。リスペクト&オマージュですね。そういえば、日本のマンガの歴史やバンド・デシネの話題も掘り下げて、プロのマンガ家が解説してくれる動画(リンク)も参考になるのでご覧ください。かなり分かりやすくておもしろい内容です。

YouTube『山田玲司のヤングサンデー』山田玲司ときたがわ翔による「れいとしょう」#11 漫画を変えた漫画家たちSP【漫画家による極限の漫画分析】

 『スマーフ危機いっぱつ!』
原題:LES SCHTROUMPFS NOIRS
著者:ピエール・キュリフォール
■日本でもアニメ放映されていた「スマーフ」は25カ国語に翻訳され、ヨーロッパ、特にフランス語圏ではBDの古典と考えられています。作者没後の16巻以降は、息子のティエリー・キュリフォールと仕事仲間のパスカル・ギャレー(2017年に死去)らに引き継がれ、現在もシリーズは続いています。
※この商品はMAISON PETIT RENARD(メゾン・プティ・ルナール)でお取り扱いしております。

そして一方ではバンド・デシネ作家として活躍する日本人もいます。シナリオライターのジャン・ダヴィッド・モルヴァンとの日仏バンド・デシネ「Le petit monde」が人気のマンガ家でイラストレーターの寺田亨お絵描きvtuberやデザインフェス出展など、日本語バンド・デシネを制作する松村上久郎detchkun漫画短篇集『オペレーション・ジャッカル』(アダルト)ペーパーバック発売中の丁稚くんこと、高橋光(谷口ジローに師事)。「RIKI ASSORT 3」などイラストで参加するRIKI。イラスト系YouTuberとして活動するマンガ家、イラストレーターさいとうなおきのバンド・デシネ作品には「シアージュクロニクル外伝」などがあります。そして、フランス在住で、バンド・デシネ作家として活躍するオオシマヒロユキ。以前は『下町狂い咲きキネマ』『学園ノイズ』(オオシマヒロユキ+猪原賽)など人気作品を描いていたマンガ家です。フランスで評価の高い『Crime School』1巻2巻)は彼の人気シリーズです(ジャン=ダヴィッド・モルヴァン脚本)。

「私たちは、バンド・デシネの魅力をもっと伝えていきたいと思っています。オンラインショップだけでなく、手に取ってもらい、コミュニケーションをすることでもっと日本中に広めていきたいですね」(紫代さん)

「日本の方々にまだまだ知られていないバンド・デシネを紹介していきたいと思います。お店にもぜひお越しください」(ティボーさん)

* * * *

フランスは早くから日本のマンガをアートとして認めてくれていたと思います。やはり、フランスと日本は「パリ万博以来の付き合い!」だからでしょうか。ついつい嬉しくなってしまいます。お互いに認め合い、尊敬し合い、影響し合うという仲です(「パリ万博」出展のため、日本からパリに送られた陶器などの展示物を壊れないように包んだ緩衝材代わりの紙。荷を解く際にその紙を開くとそれは浮世絵が刷られた和紙でした。くしゃくしゃになった浮世絵。「庶民を描いていること」「躍動感のある構図」だけでなく、当時の印刷技術や和紙の製造技術などにもパリの人々は驚いたといいます。そして、浮世絵に影響を受けた画家もいるのです)。

「バンド・デシネ」に関してはこの記事制作だけで終わりではなく、これからももっと知りたいと思っています。「アークのブログ」でも「バンド・デシネ」シリーズ企画を考えていますので乞うご期待です。

「メゾン・プティ・ルナール」店主ご夫妻のティボー・デビエフさん、紫代(しより)さん、取材にご協力いただき、ありがとうございました。

MAISON PETIT RENARD(メゾン・プティ・ルナール)
住所:東京都北区滝野川6-75-5 鈴木ビル102
営業時間:月・火・木・金9:00〜15:00/水9:00〜12:00 /土14:00〜18:00
定休日:日曜・祝日(通販:金曜11時以降の注文は翌月曜日発送)
公式サイト:https://www.m-petitrenard.com/
Twitter:https://twitter.com/m_petitrenard
Instagram:https://www.instagram.com/maison.petit.renard/
アクセス:JR埼京線 板橋駅より徒歩約5分、都営三田線 新板橋駅より徒歩約5分

●撮影= 清水亮一(アーク・コミュニケーションズ
●文・編集・WordPress=魚住陽向編集者、小説家