「瑞穂の国」のお米文化を守りたい! 台東区第一号の[五ツ星お米マイスター]

ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食:日本人の伝統的な食文化」。和食といえばお米ですが、お米のスペシャリストお米マイスターは近年における民間資格ブームの先駆けといえるでしょう。今回は、東京・台東区で第一号の五つ星お米マイスター相澤敏幸さんにお話を伺いました。お米に関わるすべての人を愛し、地元と相思相愛のお米屋さんは、実は婿養子さんでした。(公開:2015年9月24日/更新:2022年3月12日)

お米マイスターとは、日本米穀小売商業組合連合会が主宰する、お米に関する専門職経験がある人のみに受験資格がある、お米の博士号ともいえる資格です。(「お米マイスター全国ネットワーク」より)まず、三ツ星お米マイスターの資格習得のためには、認定講座を受講→認定試験を受験(お米に関する知識力を判断)。三ツ星お米マイスター資格取得者は、その上の五ツ星お米マイスターの受験資格を得ます。「知識力の三ツ星」に加え、五ツ星お米マイスターは、実践的な技術力が必要。つまり、お米屋さんの中でもプロ中のプロが五ツ星お米マイスターというわけです。

婿入りがきっかけでお米屋さんに

東京・台東区東上野3丁目あたりはその昔、南稲荷町という町名でした。北稲荷町とともに門前町として開かれ、稲荷神社(現在の下谷神社)があったことから俗に稲荷町と呼ばれてきました。町名が変わってしまった今でも仏具問屋などが多くあり、「門前町の稲荷町らしさ」を感じることができます。

いなりちょう相沢米店はその名の通り、稲荷町に根ざしたお米屋さん。先代から引き継いだお店をきりもりするのは相澤敏幸(55)さんです。先代や奥様、3人のお子さん達とともにこの地域を盛り立ててきました。
「実は私は婿養子なんですよ。この家の三姉妹の次女と恋愛結婚して、相沢米店を継ぎました。それまでは米のことは何も知らなくて食べる専門(笑)。継いでから一生懸命学んだんです。毎日毎日、頭にクエスチョンマークを刺しながら仕事してました(笑)」(相澤さん)

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今では、お米のことはもとより、お子さんの学校のPTA副会長を3年、会長を3年務めるなどの経験もあり、地域の活動にも積極的に参加されています。
「このあたりで育った区議会議員さんも『相澤さんって、どこ中を出たの? ◎◎中学にいた?』って言われるぐらい地元に密着させてもらってます(笑)。うちの奥さんがよくできた人で、ちょっと引いていてくれたり、まわりの方々にも支えてもらってます」(相澤さん)

「主食だから何もしなくても売れる時代」はもう終わった

お米の販売は、戦後の配給制度を経て、食糧管理制度において販売を許可されたお米屋さんのみでした。そして1995年より新食糧法が施行され、販売者は都道府県に登録することにより可能に。2004年の改正においては、届出することによって誰もが自由にお米の販売ができるようになりました。

「現在、お米はお米屋さん以外のいろんなお店で売られています。こうなると消費者はどれがおいしくて安心して食べられるお米か分からなくなってきますよね。だからこそ、お米を扱うプロがお客さんの疑問に答えられるように2002年にお米マイスター制度がスタートされたんだと思います」(相澤さん)

相澤さんは東京・台東区で第一号のお米マイスター。現代のお米屋さんの中ではパイオニア的な存在です。
「まだまだ毎日が勉強ですね。以前は『このお米屋さんはいいな』と思ったらお店におじゃまして、参考にさせてもらったりしてました」(相澤さん)

ご存じのようにお米にはいろんな品種、味、食感があります。炊き方はもちろん、調理によってのお米の選び方、精米、保管の仕方など…。そういった研究に加えて、お米の生産者、卸問屋との情報交換も大切です。
「全国各地の農家さんや卸問屋さんもよく店に遊びに来てくださるんですよ。自分たちが育てたお米がどうやって売られているか見たいと言う方や単純に私と呑みたいと言って来てくれる嬉しい方々もいてありがたいです(笑)。私もお米農家さんを訪ねますし。そういった交流から新品種の勉強になったり、天候不安定の中での生産を学んだりしてます」(相澤さん)

[五ツ星お米マイスター]のフィッティング

実はお米屋さんに「どの米がおいしいの?」という相談はすごくザックリしています。でも、消費者はどう聞けばいいか分かりませんよね。
「味のイメージは曖昧で、ひとによって違います。だから、お客さんが思うおいしい米の味、産地の好み、調理方法、予算など『あまり出しゃばらずに』相談に乗るようにしています。まるで洋服屋さんがスーツにネクタイを合わせるような感覚で『フィッティング』できればいいなと思いつつ、お客さんとお話しています」(相澤さん)

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「お米マイスターになってから培ったいろんな知識を押しつけないように気をつけています。ひとそれぞれの好きな食べ方、都合の良い炊き方があるので『それは間違ってますよ』なんて言えないんです。だからこそ、お客さんと話をします。その中で『相沢米店さんが勧めてくれるお米はおいしい』と言ってくれるお客さんもいてくれて、それが何より嬉しいですね。勧め甲斐があります(笑)」(相澤さん)

「瑞穂の国」のお米文化を守りたい!

「最近はフランス人シェフの方が『ラスベガスに日本のお米を持って帰りたい』と店に寄ってくれたり、台湾の方が爆買いされてビックリしました(笑)」(相澤さん)
和食が世界文化遺産になって注目されてる証拠ですが、相澤さんは国内・日本人に向けてもっとお米を知ってもらいたいと考えています。

「以前は近所の小学校の社会科出張授業もやっていました。5年生の春になると苗から米を育てるんです。秋口にまたお米の授業をしたり、と。どういうふうにお米ができるかやお米屋さんの位置づけなど子ども達にももっと知ってもらいたいですね」(相澤さん)
朝食にお米を食べない家庭が増えているようです。お米離れが著しいのに、海外から食料を大量に輸入して、その多くを破棄している日本の食糧事情にも憂いを感じている相澤さん。

「瑞穂の国といわれた日本がもう一度、お米・ご飯に対して皆、真摯な態度で向き合っていけるような世の中に変えていきたいですね。大げさかもしれませんが…。ご飯ほど健康的な食べ物はありません。五ツ星お米マイスターには栄養や健康面での勉強会があるんですが、これからも続けていって、正しい情報を発信していけたらと思っています」(相澤さん)

婿養子に入ったのをきっかけに継いだお米屋さん。勉強、研究を重ねて、深く深く知っていったお米の世界。その中でお米も家族も地域も、農家や卸問屋まで深く愛していったからこそ、相澤さんは誰からも愛される五ツ星お米マイスターになったのでしょう。愛する人は愛される——。相澤さんは自らが扱うお米を愛の米と称しています。
相澤さんに勧められた愛の米「七夕こしひかり」(JAさが)は甘くてモチモチして、とてもおいしかったです。

■いなりちょう相沢米店
[住所]東京都台東区東上野3-7-4
[TEL]0800-800-2803(フリーコール)
[営業時間]平日 8:00〜19:00/土曜 8:00〜16:30
[定休日]日曜・祝日
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※「五つ星お米マイスター」「三つ星お米マイスター」の詳細は[お米マイスター全国ネットワーク]サイトをご覧ください。

●文= 魚住陽向フリー編集者、小説家
●撮影= 清水亮一(アーク・コミュニケーションズ
●編集= 大山勇一